【百人一首】『ちはやぶる神代も聞かず…』の意味や作者について徹底解説!

【百人一首】『ちはやぶる神代も聞かず…』の意味や作者について徹底解説!

百人一首で知られる『ちはやぶる神代も聞かず…』の一首。学生時代に百人一首 練習で覚えたという方もいるでしょう。大ヒット漫画『ちはやぶる』のタイトルの元になった歌でもあり、その美しい詩の響きと鮮やかな情景を表現した歌は、現代まで多くの人に愛されています。

今回は、そんな『ちはやぶる神代も聞かず…』の意味や作者について解説していきます。

目次

百人一首の不朽の名歌‐『ちはやぶる神代も聞かず…』の意味

『ちはやぶる神代も聞かず竜田川からくれなゐに水くくるとは』

(訳)神話の時代にも聞かれたことのない。竜田川が紅葉に染まっているとは。

歌の解説

「ちはやぶる」は「千早振る」と書きますが、これは「神」にかかる枕詞です。「千早振る」の対義語は「荒振る」であり、「荒振る」とは、乱暴でバラバラな振る舞いのことです。対して、「千早振る」は、勢いや力の強さこそ同じですが、静かで清らかなブレない力を表します。「神代も聞かず」とは「神話の時代にも聞いたことがない」と訳せます。

「からくれない」とは「韓紅」のことで、深紅の色。「水くくる」とは「水を絞り染め(染色)にする」という意味です。総じて、川面を布に見立てて、水面が深紅に染まっている様子を表しています。

竜田川は紅葉の名所として知られており、竜田川を埋めつくす真っ赤な紅葉の風景に感動した様子を鮮烈に伝えているのです。

『ちはやぶる神代も聞かず…』の意味
出典:奈良観光.jp

日本を代表する歌人-『ちはやぶる神代も聞かず…』の作者と歌の背景

日本を代表する歌人-『ちはやぶる神代も聞かず…』の作者と歌の背景
出典:JAPAN magazine

歌の作者は、平安初期、和歌の名人と言われる・六歌仙にも名を連ねている在原業平です。彼の詩は、平安時代の宮廷生活を反映した作品が多く、日本の古典文学を代表する人物として知られています。

では、在原業平は、実際はどんな人物だったのか、また彼が『ちはやぶる神代も聞かず…』の詩に込めた思いとは何だったかを解説していきます。

在原業平はどのような人物だったのか

在原業平は、数多くの名歌を生み出した歌人ですが、その出自は高貴な血筋です。しかし、本人は出世に無関心で自由奔放な恋をしていたとされ、天皇の后・二条后(藤原高子)や伊勢斎宮恬子内親王など、なかには許されない恋もありました。

菅原道真らが編纂した『日本三大実録』においても、在原業平のことは和歌の才能に恵まれた存在として記されており、『源氏物語』の光源氏や『伊勢物語』の主人公のモデルとも言われています。

在原業平が歌に込めた思い

『ちはやぶる神代も聞かず…』の歌は「屏風歌」と呼ばれる、紅葉を描いた屏風絵を前にして詠んだものです。そして、この屏風の持ち主は清和天皇の皇后・高子です。

恋多き業平は入内前の高子に想いをよせ、高子も業平と一度は駆け落ちまで考えますが、高子の兄により阻まれ、別れをむかえた末に天皇の元へと入内します。その後、業平は高子の側で警護の任を勤めることもあったようで、そんな状況のなかで詠まれた歌が、この『ちはやぶる神代も聞かず竜田川からくれなゐに水くくるとは』です。

歌にある「ちはやふる神代」とは、高子と過ごした日々のことであり、「竜田川を染めあげる紅葉」とは、高子へ向けた情熱的な恋を表しているとも言えます。

以下のYouTube動画で、アニメ調で分かりやすく解説しているので、興味がある方はぜひチェックしてみてくださいね。

まとめ

『ちはやぶる神代も聞かず…』は、神話の時代にも聞いたことがない、美しい紅葉に染まる竜田川を詠んだ不朽の名歌です。一方で、作者の情熱的な恋心を表現した詩でもあります。作者・在原業平の生きた姿や恋物語が、この詩に込められた情熱をさらに深めています。ぜひ、古典文学の世界に触れ、業平と高子の恋物語に共感することで、『ちはやぶる神代も聞かず…』の詩の奥深さを味わってみてください。

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